<開催報告>SRフォーラム2025「組織のガバナンスと人身売買・強制労働・現代奴隷(HTFLMS)に関する国際規格ISO37200の最新動向」

国際標準化機構(ISO)は、2026年中の発行をめざして、人身売買・強制労働・現代奴隷に関する国際規格(正確には認証を要しないガイダンス文書)ISO37200の策定作業を進めています。
今回のフォーラムは、昨年9月に開催したところ、多数の方にご参加いただいた「組織のガバナンスと人身売買・強制労働・現代奴隷(HTFLMS)に関する国際規格ISO37200策定に向けて」に続いて、その後の経過や今後の推移をテーマとしました。TC309(注1)に対応する日本国内の委員会(注2)に市民セクターから参加している、NNネット幹事・IIHOEの川北秀人とビジネスと人権(BHR)市民社会プラットフォーム副代表幹事・(特活)ACEの岩附由香さん、同委員であり、ISO26000や経団連の企業行動憲章をはじめとする企業の社会責任に関する指針の策定に長く貢献されている関正雄さんの3名から、発題に続いて、参加者を交えた意見交換を行いました。(2025年5月20日(火)16時~18時/参加者約25名)
(注1)ISOは、2016年に、ガバナンス規格・内部通報規格の開発、およびISO37001として発行された反贈収賄マネジメントシステムと、ISO19600として発行されたコンプライアンスマネジメントシステム規格の維持管理を行う専門委員会(TC309)を設置。同委員会でISO37200 の策定作業を進めている。
(注2)(一財)日本規格協会が設置し、事務局を務めている。

◆発題① ISO37200策定に向けたTC309経過と今後の見通し
IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所]代表者 川北秀人(NNネット幹事、ISO/TC309 日本国内委員会 委員)

国際規格ISO37200の策定作業は、深圳(24年11月)、ロンドン(25年5月)で開催されたワーキンググループ(WG)でのCommittee Draft(CD)の検討と並行して、国内委員会で各国からのコメントを確認し、対応方針をまとめてきました。「既存の国際文書との整合性を確保すべきであり、既存文書に規定していない事項/規定されている事項の中でISO37200に規定されていない内容の取扱いについての検討を要する」などの意見を、これまでに提出しています。5月12日から16日までロンドンで開催されたWGでは、ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)との関連を整理する時間が設けられ、対照表に基づき、踏み込んだ修正や具体的な項目(指標案など)が追加されつつあります。

◆発題② 現代奴隷・強制労働の現状・課題とISO37200策定議論の共有
ACE代表 岩附由香 氏(BHR市民社会プラットフォーム副代表幹事、ISO/TC309日本国内委員会 委員)

ISOの会議は必ずISOの行動指針を確認してから会議が進行されています。現在の委員会原案(Committee Draft, CD)に対して、各国から提出されているコメント一つ一つに対し意見交換するため相当な時間がかかります。コメントは指摘事項だけでなく、文章の代替案も書くことになっており、それがないと「承知したが、代替案を提示してください」となってしまいます。今回の会議では、私自身が元々提案した、序章にある現代奴隷制が何を示すかの図について中国からコメントが入っていたため、その部分と、現代奴隷(Modern Slavery)と児童労働の関係性について、議論を重ね、会議内で修正案が作成されました。

このISO規格が発行後、どのように広め普及させていくかも大事な観点です。たとえばISO20400(持続可能な調達)では、民間団体ISO20400.orgが、無償で自己診断リスト等のさまざまなツールを提供し、普及に貢献しています。また、BS25700(英国の現代奴隷制規格)は無料でダウンロード可能で、ダウンロードした2000団体へのアンケート結果からは、中小企業のガイダンスニーズが高いことがわかりました。同規格は、企業の規模によっては対象外となるのですが、大企業への報告のために必要なのかもしれません。

◆発題③ ビジネスと人権をめぐる国内外の動向と企業の役割
損害保険ジャパン カルチャー変革推進部 シニアアドバイザー 関正雄 氏(ISO/TC309日本国内委員会 委員)

人権侵害をなくしていく取組みの基本は、ラギー・フレームワークの三本柱(2008年)です。国家が人権を保護する義務を果たし、企業も人権を尊重する責任を果たす、しかし精一杯頑張っても人権侵害はゼロにはできないので、救済の実効性を高める(是正)ことが欠かせない、という考え方です。つまり、企業だけでなくあらゆるステークホルダーの関与が必要なのです。「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)も、このラギー・フレームワークがベースとなっています。

欧州では、「英国現代奴隷法」(2015)制定を契機に、人権デューディリジェンスの法制化が各国で一気に進みました。今年に入って欧州委員会が規制の簡素化を図るなどバックラッシュも見られますが、CBCC(注3)訪欧サステナビリティ対話ミッションでの関係者との対話を通じて、その真意が「米国・中国を念頭に、EUとしての競争力を回復・強化する」ための軌道修正であること、サステナビリティ政策の理念や目標は不変であること、報告原則のダブル・マテリアリティ(注4)は維持すること、が確認できました。

日本では、経団連が「企業行動憲章」(91年)とその実行の手引きの改定を重ねるなかで、ビジネスと人権の記述を充実させてきましたが、さらに取り組みを加速するために、担当役員や実務担当者向けの「人権を尊重する経営のためのハンドブック」を21年に作成しました。大企業を中心に、ここ数年で会員企業の人権デューディリジェンス実施率は大きく増加しています。

ISO37200では、「ビジネスと人権に関する指導原則」に則ることに加え、デューディリジェンスが自己目的化しないように気を付ける必要があります。また、企業だけでなくあらゆる組織がガイダンスとして活用してほしいと思います。さらに問題解決のために、マルチステークホルダーのプラットフォーム(注5)の活用も進めていきたいところです。

(注3)(公社)企業市民協議会(経団連が1989年に設立したサステナビリティ経営推進団体)。
(注4)「財務マテリアリティ」と「インパクトマテリアリティ」の2つの軸でマテリアリティ(実質的な重要性)を評価するという考え方。
(注5)JaCER((一社)ビジネスと人権対話救済機構)、(一社)JP-MIRAI(責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム)、SEDEX(Supplier Ethical Data Exchange)など。

◆討論 「ビジネスと人権分野の国際的な法令・規格整備が日本の企業・行政の調達にもたらす影響」

川北:ISO37200は、発行後にどう活用されていくべきかについての議論を、今のところどのくらいしておけばいいのか。ISO24000(持続可能な調達)なら、その問題に直面している人が参照する、ということはあるが、「組織のガバナンスと人身売買・強制労働・現代奴隷」となると、自社では直接関係がないと思われてしまうのではないか。

関:労力をかけてつくるものなので、幅広く活用してほしい。そのためにも、多様なステークホルダーと事前にコンサルテーション(協議)をきちんとやった方がいい。距離感を縮めるためには、(つくった側の専門家とユーザーの間の距離感を縮める)中間組織の活用も有効ではないか。また、使ってみてどうだったかというフォローも必要。ISOには一定の企業のユーザー層があるが、政府セクターへの浸透のためには政府・自治体の公共調達にも組み込むことが大切。無償化できればさらに望ましい。

川北:政府の取り組みが明確に言及されるべき。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、明記されていたにもかかわらず実現できなかった。

関:これまでの国際規格は、つくって、使ってもらえばそれで終わり。規格策定・発行の実際のインパクトはどうだったのか?まで測ってそれを最大化していく必要がある。

岩附:市民社会側としては、自分たちの組織での取り組みに加え、企業や政府にフィードバックする役割がある。たとえば、チョコレートスコアカードは日本企業のスコアが低い(注6)。ACEがプロジェクト側に問い合わせたところ、「取り組んだとは書いてあるが、データの提示がなかったため」とのことだった。

(注6)「世界チョコレート成績表」公表 日本企業は様々な課題で「取り組みが進んでいない」(朝日新聞SDGs ACTION!25年4月25日)

川北:製品認証はインパクトを測りやすい。マネジメントシステム認証では、記録を取っていても社会における効果は測りきれない。
NPO/NGOにとっても、自分ごととして、規模に関係なく、ISO37200に自分たちの組織を照らしてみることが必要。残業や無償労働など、やりがい搾取につながっていないか、特定の人の犠牲を強いていないかなどを考え、取り組みを進める糸口にしたい。

関:ユーザー層の中心となる企業に浸透を図るためには、ISO26000の時もそうだったが、国際経営者団体連盟(IOE)や欧州産業連盟(ビジネスヨーロッパ)のような機関に、ISOとして事前に話を通しておくことが大事。「専門家が勝手につくった」「知らなかった」と言われないように。

(参加者からの質問)ISO37200の「調達とサプライチェーンマネジメント」のパートで求められる「サプライチェーン・マッピング」は、サプライチェーン上流の原料生産者までを把握するよう求めていると理解してよいのでしょうか。また、それを公表することまで求めているのでしょうか。

岩附:shouldではなくcan。それぞれの上・下流が果たしている役割(相互依存性)を確認するツール。マッピングとアドレス(対処)は分けて考えたい。

川北:現状としてマッピングは「こういうことができます」という考え方(コンセプト)であり、有効性の及ぶ範囲を具体的に示している訳ではない。他方、リスク指標は課題(イシュー)。段階ごとにリスク項目が列挙され、管理することが求められている。

川北:来年の発行に向けて、案としての精度も高まっていく。国際規格案(DIS)になった時点で再度、公開で共有する機会を設けたい。ISO37000ファミリーはガバナンスの教科書。理解したり使ってみたりする機会は設けるべき。

関:今年、制定後5年を経過した「ビジネスと人権に関する指導原則」の日本の行動計画(NAP)見直しが予定されている。その中で、「本規格をどう使っていくか」の議論も組み込んでいくと良いのではないか。

岩附:児童労働がきちんと位置付けられるようにというモチベーションから、委員として参画している。ビジネスと人権への理解が市民社会にまだ行き渡っていないと感じているので、取り組みを続けたい。