SRセミナー2024「組織のガバナンスと人身売買・強制労働・現代奴隷(HTFLMS)に関する国際規格ISO37200策定に向けて」

国際標準化機構(ISO)は、組織のガバナンス分野の標準化を取り扱うTC※注1 309で、人身売買・強制労働・現代奴隷(HTFLMS※注2)に関する国際規格ISO37200の策定作業を進めています。
本セミナーでは、TC309に対応する日本国内の専門委員会に市民セクターから参加している、NNネット幹事・IIHOEの川北秀人とビジネスと人権(BHR)市民社会プラットフォーム副代表幹事・(特活)ACEの岩附由香さん、同委員会のオブザーバーで、世界のビジネスと人権の潮流に詳しい弁護士の塚田智宏さんの3名が、これまでの経過や今後の見通しについて、ご参加のみなさまと共有しました。<進行:NNネット幹事・(特活)難民を助ける会 堀江良彰)>(2024年9月10日(火)16時~18時/参加者約40名)

(注1)Technical Committee(専門委員会)。TC309については、日本規格協会グループのウェブサイトを参照。
(注2)Human Trafficking, Forced Labour, and Modern Slavery

◆発題① ISO37200策定に向けたTC309の経過と今後の見通し(川北秀人)
ISO37200の開発経過として、24年7月に示された作業原案(WD)の修正草案に各国からコメントが集められ、委員会原案(CD)が12月に示される予定です。委員会原案への意見提出締め切りが25年6月、その後に再協議の機会が設けられ、規格発行が26年5月から6月にかけて、と見込まれています。
現在、WDからCDへの移行段階にあり※注3、日本の専門委員会は、既存の国際文書(「ビジネスと人権に関する指導原則」(国連)、国際労働条約(国際労働機関/ILO)等)との整合性確保(齟齬なく運営できるか、記述に異なる部分がある場合にどこまでどのように説明するか等)に懸念を示しています。次回のTC309総会(24年11月@深圳)で、各国の意見が集約され、CDへの進行可否が判断されます。

(注3)通常、ISO規格は次のような段階を踏んで作成される。
0-(予備段階)PWI : Preliminary work Item (予備業務項目)
1-(提案段階)NP : New work item Proposal (新業務項目提案)
2-(作成段階)WD : Working Draft (作業原案)
3-(委員会段階)CD : Committee Draft (委員会原案)
4-(照会段階)DIS : Draft International Standard (国際規格案)
5-(承認段階)FDIS : Final Draft International Standard (最終国際規格案)
6-(発行段階)PAS : Publicly Available Specification(公開仕様書)、TS : Technical Specification(技術仕様
書)、TR : Technical Report(技術報告書)、IS : International Standard(国際規格)

◆発題②「現代奴隷・強制労働の現状・課題とISO37200策定議論の共有」(岩附由香氏)
現代奴隷は、主に強制労働と人身取引から成り立ちますが、18歳未満の場合は児童労働にもあたります。前回の会合で示されたWDには児童労働についての言及がまったくなかったので、ぜひ入れてほしいと提案しました。
ILOでは、児童労働は「15歳未満の就業最低年齢に満たない労働(軽易なものを除く)および18歳未満の最悪の形態の児童労働(人身取引・強制労働・徴兵・ポルノや売春等)」、強制労働は「ある者が処罰の脅威の下に強要され、かつ右の者が自ら任意に申し出たものではない一切の労務」と定義されています。そして国際組織犯罪防止条約人身取引議定書で、人身取引は「『搾取』を目的とし、暴力等の『手段』を用いて対象者を獲得する等の『行為』をすること」とされています。
国内委員会では、現代奴隷をアンブレラ・ワードとした場合、その傘下には何が含まれるのか、整理のための議論に時間を割いている状況です。今後は、各委員・各国の課題に対する理解の違い・スタンスの違いの調整も必要となってくるでしょう。

また、2022年9月に、ILO・国際人権団体Walk Free・国際移住機関(IOM)によって発行された「現代奴隷の世界推計」という報告書では、現代奴隷制には強制労働と強制婚が含まれ、強制労働は民間セクターによるものと公的セクターによるもの※注4があり、人種・社会・国家または宗教的な差別に基づく労働も含む、とされています。

(注4)例えば、ウズベキスタン政府が、コットンの収穫作業のために、学校に行っている子どもたちをバスで現地に連れていって働かせていた事象等。

2021年現在、約5,000万人(世界人口の1千人あたり6.4人)が現代奴隷制の状況におかれており、その半数以上が女性で、人数別ではアジア・太平洋地域が多く、一千人あたりの強制労働者数の割合がもっとも高いのはアラブ諸国だと報告されています。2016年の同様の推計と比較すると、COVID‐19による経済的ショックのため、状況は悪化しているということです。業種別でみると、(家事を除く)サービス業がいちばん多く、次が製造業、建築業、農業、家事の順。つまり、強制労働の大半はサプライチェーンの下流における生産現場で起こっていることになります。

児童労働・強制労働をめぐるルール・ガイドラインとして世界的なインパクトがあったのは、英国現代奴隷法(2015年7月施行)です。現代奴隷労働や人身取引に関する法的執行力の強化を目的として、年間売上高が一定規模を超える英国で活動する営利団体・企業(もちろん日本も含みます)に対し、奴隷労働や人身取引がないことを確実にするための対応について、声明の公表を義務付けたものです。現在は、オンラインレジストリから、企業の声明などが年度別に確認できるようになっています。
翻って日本には、未だ通商政策や公共調達方針、サプライチェーン管理法がなく、(ACEが事務局を務める)児童労働ネットワークでは、署名活動等を通じ、児童労働撤廃の強化を政府に働きかけてきました。企業の人権尊重を促進するためには、スマートミックス(自主的な取り組みと義務的な法規制の両方)が必要だと考えています。

◆発題③「欧州人権デュー・ディリジェンス指令を受けた世界の動向」(塚田智宏氏)
欧州を中心とした、人権・環境への企業の責任を問う声の高まりから、法的拘束力がないソフトロー※注5をベースとして、法的拘束力を持つハードロー※注6が生まれてきており、国内外でビジネスを展開する企業を中心に、これらのハードローの影響を直接・間接に受け得る状況になってきています。
たとえば、2024年7月に発効した、一定規模以上の企業に人権・環境デュー・ディリジェンス※注7実施を義務付ける「企業サステナビリティDD指令」(EU)では、バリューチェーンも対象とされるため、同指令の適用対象企業にとっては、例えば、取引開始時点での人権・環境リスクの確認や、問題が発生した場合を想定した契約上の規定の整備が、今後さらに重要になります。他方で、適用対象企業ではなくても、適用対象企業のバリューチェーンに含まれ得る企業にとっては、人権・環境リスクを低減する取組みが今まで以上に適用対象企業から評価されることになると考えられます。
上記指令のほかにも、欧米を中心として「ビジネスと人権」に関するハードローが進展しつつあります。直近では、例えば、強制労働産品の上市およびEUからの輸出を禁止する「強制労働産品上市等禁止規則」(EU)が、近く最終的に成立する見込みであるとされています。

(注5)国連指導原則(2011年)、ISO26000社会的責任に関する手引き(2010)、OECD責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針(2023年改訂)など。
(注6)企業サステナビリティDD指令(EU・2024年)、サプライチェーン・デュー・ディリジェンス法(ドイツ)、現代奴隷法(英国・2015年)など。
(注7)さまざまな定義があるが、日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」は、人権デュー・ディリジェンスについて、「企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権…への負の影響…を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為」と規定している。

◆討論 「ビジネスと人権分野の国際的な法令・規格整備が日本の企業・行政の調達にもたらす影響」
川北:直接の対象は一定規模以上の企業であっても、実効性を高めるにはTier1*注8のコミットメントにかかってくる。人権を、安全と品質の問題と同等に扱うということになるが、そのためのプロトコールとプロセスは明らかでない。要求された側がどう応えていけばよいのかを具体的に示す必要がある。

(注8)一次請け。自動車業界ならば、完成車メーカーに直接部品を供給するメーカーのこと。

岩附:児童労働は農業が多い。「こういうところでリスクが高いですよ」と、業種別・イシュー別に示した方がイメージがわくかもしれない。Tier1にプレッシャーをかけるだけでは無理で、サポートが必要。中小企業に対する負荷軽減や付加価値が求められると思う。

塚田:両氏の指摘のとおりである。人権DDの理念から行けば、取組みはそれぞれの企業等が属する業界やその事業内容等によって個別に異なってくるべきものであるが、具体的にやるべきことをクリアに決めたほうが、取組みが進むと思う。他方で、「やるべきこと」を決めていくには相応の時間も要すると思われるところ、技能実習生の問題等、海外だけではなく国内にも深刻な人権課題は存在しており、これらについて急ぎ取組みを進めていく必要がある。

(参加者から質問)ウイグルでは、コットンやホップの摘み取り作業に小学校にノルマが課される。中国政府が内陸部へ強制移送し、勝手に作業をやめることはできない。ウイグルにおける強制労働を防止する方法はあるのか?

川北:日本には国内人権機関も強制労働防止法規もなく、基礎にあたるところが準備できていない。ただ、国内で要求されていなくても、(企業サステナビリティDD指令のように)海外から要求されたら対応せざるを得ないので、運用上のダブルスタンダードはある。企業は、規制や法律の適用を待たず、自発的に透明性を高めたほうがよい。

岩附:一般的なデュー・ディリジェンスが進んでいる国はウイグルのような問題にも対応しやすい。一部の企業へ負担が集中することへの不満から、法制化して公平な条件下で全員で取り組もうというlevel playing fieldという考え方。ただ、他国に法律はあるので、実質的には日本も対応しているはず。国内人権機関がまだないことも大きな課題。持続的な取り組みのためには、政治的なタイミング(総裁選など)でイシューを保ってくれる政策をつくる人がいるかがポイント。

塚田:国連指導原則をはじめとするソフトローに基づく取組みの必要性・重要性はもちろんのこと、海外の法制度への対応の必要性・重要性についても、より社会での認識が広がっていくことが重要であると思う。そのことが、日本社会における人権デュー・ディリジェンスへの取り組みの深化に繋がり、最終的には国内外を問わず、人権侵害リスクがより少ない世界の構築に繋がるものと考えられる。なお、ウイグル強制労働防止法は、ウイグル所在の企業等との取引を停止するインセンティブを生じさせるものであり、同法がウイグルにおける人権課題の改善に寄与しているかは、必ずしも明確ではないように思われる。

川北:国内委員会のこれまでの流れでは、(ISO 26000の時と比べて)ISO37200を「どう使うか」の議論が抑制的な印象を受ける。ISOは、共通のフレームワークにどのイシューをのせるかだけの違い。使いこなしている企業にとっては、何が来ても怖くないし、ボトムアップで咀嚼して応える力がある。お客と現場が必要と言えば、トップがエンドースする流れが理想。

塚田:コンサルタントが人権・環境DDについてアドバイスをするという場面も増えてきていると思う。他方で、必ずしも国連指導原則等の重要な概念を十分に理解していないコンサルタントの存在も指摘されている。コンサルタントは、企業による人権・環境DDを支援するにあたって、どのような役割を果たすべきか。また、課題は何か。

川北:TNFD導入時の議論で、「これをコンサルタントに頼むのはもったいない」という声があったことを思い出す。自分たちの事業価値をどうつくるかを考える重要な機会。現場を育てるチャンスとして活用できるか。コンサルタントはツールやフレームを渡してもいいが、答えは与えず、引き出す手伝いにとどめるべき。

岩附:昨年、ACEのパーパスを再“発見”し、「世界の力を解き放つ」とした。もともと持っている企業の力をどう解き放つか。確かにISOに対応するためには、やらなければいけないことが増えるが、コンサルタントが代行してしまうと組織に力が残らない。手法だけ取り入れるのは意味がない。自分たちの身体を通して考えることが大事。

川北:組織で国際的なガイドラインをどう活用するか。今後もフレームワークを使って組織のガバナンスを是正していく流れは続くので、教育の機会として活用すべき。