【開催報告】SRセミナー2021 第3回「発行から11年を経たISO26000の視点から『ビジネスと人権』を考える」

社会的責任の国際規格ISO26000発行から満11年を迎え、NNネットでは、今年も関連テーマのセミナーを開催しました。
国連人権委員会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」を受けて、2013年から各国が行動計画(National Action Plan、NAP)を相次いで発表し、昨年10月には日本政府も公表(注1)しています。
本セミナーでは、ビジネスと人権 市民社会プラットフォーム(BHRC)等の場で、日本の行動計画(2020-2025)に関与・提言を続けてこられた、若林秀樹氏((認定特)国際協力NGOセンター(JANIC)常務理事・事務局長)と佐藤暁子氏((認定特)ヒューマンライツ・ナウ事務局次長)から、その内容や課題について伺い、企業やNPO/NGOがどのように取り組みを進めるべきか、討論しました(11月9日(火)開催/ご参加者約20名)。

(注1)外務省ウェブサイト内の「ビジネスと人権」ページで、「ビジネスと人権に関する指導原則」や、NAP策定経緯と関連文書等が参照できる。

 

【若林さんによるご発題】

ビジネスと人権の取り組みは、70年代から
「ビジネスと人権」は、最近になって注目されたイシューではなく、世界的には、「OECD多国籍企業ガイドライン」(1976年)、「ILO多国籍企業及び社会政策に関する三者宣言」(1977年)に見られるように、かなり前から取り組みは始まっています。その後の、「国連グローバルコンパクト10原則」(2000年)や、「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)、「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015年)につながる一連の流れは、ISO26000の発行(2010年)と影響し合いながら深められてきたと言えるでしょう。
記憶に新しいところでは、東京2020オリンピックに出場した選手が、自国での差別や弾圧に抗議して、世界に向けてさまざまなアピールを行いました。1968年のメキシコオリンピックで抗議のアピールをした米国選手は、その後、スポーツ界から永久追放になりました。かつては許されなかったこのようなアクションも、人権の受けとめ方が変わり、現在では、スポーツの場で抗議することも基本的人権のひとつと認められるようになりつつあります。

日本のNAP策定と見直しに、市民セクターとして関与
「ビジネスと人権に関する指導原則」で、保護・尊重・救済のフレームワーク(下図参照)が示され、国及び各セクターの役割が明確に定義されたことはたいへん重要です。

NAPには、政府は、その規模、業種等にかかわらず、日本企業が、国際的に認められた人権等を尊重し、「指導原則」やその他関連する国際的なスタンダードを踏まえ、人権デューディリジェンス(DD)のプロセスの導入を期待との記載がありますが、実際に企業、特に中小企業ではまだ浸透しておらず、取り組むにはまだ難しい点が多く、「ビジネスと人権に関する行動計画推進円卓会議」でも議論を行っているところです。ビジネスと人権 市民社会プラットフォームでは、NAP策定から見直しに向けて、課題や改善すべきポイントを継続的に提言しています。

人権DDの法制化実現に向けて
人権デューディリジェンス(DD)は日本語への置き換えが難しいのですが、「人権を尊重する責任を果たすために必要な、積極的な事前予防と対処」のことです(下図参照)。

私は、人権DDの法制化は、すべての人の人権の実現はもちろん、企業の世界的競争力を高めるためにも待ったなしだと考えています。各セクターが連携して、法制化の実現に向けて進めていかなければなりません。特に一人一人の意識と行動を変えるには、私たち市民セクターがまず関心を持ち、政府や企業に働きかけていくことが重要です。JANICでは、ビジネスと人権を含めた、持続可能な社会に向けた、調査・研究、政策提言を行うシンクタンクの設立を準備中で、その中の研究のテーマとして、企業の取り組みの進展を測るベンチマーキング評価を行い、コンサルテーションを通じて、取り組みを促すことも検討しています。

【佐藤さんによるご発題】

「ビジネスと人権」の法制化と海外の動向
海外では「英国現代奴隷法」(2015年)や、「フランス人権DD法」(2017年)等、ビジネスと人権にかかわる法律がすでに策定されています。これらの法律の影響は、サプライチェーンの上流にも波及しており、アジア諸国でNAP策定が進められています(下図参照)。

早ければ21年中には、欧州委員会にてEU環境・人権DD法案が提示される予定です。また、イタリアやアイルランド、カナダなどでも、法制化を求めて支持する声がボトムアップ的に高まっています。

日本で議論が必要なテーマ① 気候変動
日本は、欧米の実践を参考にしつつ法制化を進めていくことが必要と考えますが、各国の法律の内容や範囲は少しずつ異なります。総花的であることを許容するか、実効性を優先するのか、どこにスコープするか、過料を設定するかなど検討すべき事項は多く、マルチステークホルダープロセスでよりよい法律をつくっていかなければなりません。
また、気候変動も、国内外の脆弱な人々の人権(食料、資源へのアクセス、住居など)を著しく侵害していることが明らかであり、喫緊の対応が求められているテーマといえます。また、気候変動緩和を目的とする事業(バイオマスや電気自動車など)による人権侵害(注2)も注目されており、平等かつ公正な移行(Just Transition)(注3)のために、サプライチェーンでの協力体制構築も重要です。

(注2)電気自動車に必要な、希少鉱物の採掘現場での児童労働など。
(注3)既存産業の縮小(石炭鉱山の閉山など)にともなう雇用喪失や貧困拡大、地域の衰退を防ぐための支援。(参考

日本で議論が必要なテーマ② テクノロジー
テクノロジーの発達によって、私たちの生活はどんどん便利になっていますが、人権を侵害する側面も持っています。たとえば、設置が広がっている監視カメラは、犯罪の抑止や証拠の保全に役立つ反面、その顔認証技術が、人種の特定や出所者の判定のために利用されるなどの行き過ぎた利用も起きています。また、AI(人工知能)の学習のもととなる親データに、特定の民族やジェンダーに関するバイアスが含まれていれば、倫理的に誤った判断をすることも考えられます。

若林さんのお話にもあったように、SDGsの17のゴールは人権を守ることに直結しています。見せかけの「SDGsウォッシュ」とならないよう、各セクターは、ビジネスと人権の取り組みを真摯に進めていかなければなりません。

 

続いて、若林さん・佐藤さんと、堀江良彰(NNネット幹事/(特)難民を助ける会)のとの討論(進行:川北秀人 NNネット幹事/IIHOE)を行いました。

「お二方のご発題にもあったとおり、人権はあらゆることに関係している。日本では、人権の概念を狭くとらえる傾向があるが、企業だけに責任を押し付けるのではなく、NPO/NGO自らも守るべきである。」(堀江)との問題提起に続き、「海外のDD法にはチェック機能はありますか」という問いには、「現状、明確な基準やゴールは示されておらず、開示や計画の策定の内容まではチェックできていない。説明責任を果たしているかどうか、訴訟の場も含め、企業に対して問い続けていくことが大事」(佐藤さん)とのお答えでした。

また、「(以前アムネスティにいらっしゃいましたが)人権問題について、NPO/NGO間の温度差は感じますか」という問いには、「規模や活動目的によって団体間の温度差はあったが、SDGsのゴール16(注4)が示されたことで、意識はかなり変わったと思う。所属先が企業でもNPO/NGOでも、まず一人の市民であるという意識を持ってほしい。人権は、守り守られるもの」(若林さん)とのお答えでした。

川北からの「マネジメントシステムに落とし込むには、頑張っている企業を誉め、相場感を上げていくことが必要(責められると、どうしても情報を隠しがち)」とのコメントには、「部署横断のサステナビリティ委員会を設けている企業もある。外部から専門家を入れることも有効」、「人権リスクはゼロにはなり得ないので、開示すること自体歓迎すると伝えるべき。消費者はboycott/buycottで意思表示できる」(佐藤さん)、「日本人の生活は、海外とサプライチェーンで必ずつながっている。電気自動車を購入すればいいというわけではない。人権の犠牲上に製品が作られていないか、イマジネーションを持って」(若林さん)とのことでした。

ある参加者からの「ビジネスと人権関連には、(ディーセントワーク、デューディリジェンスなど)難しい言葉が多く、共通認識を持ちづらい」という指摘に対しては、「日本語でやわらかい言葉に置き換えてわかったつもりになると、ますますガラパゴス化する。訳そうとするのではなく、企業の取り組みに引き寄せて、具体的に説明する方がよい」(佐藤さん)、「おそらく、言葉がわからないからではなく、価値がわからないから思考停止する。市場原理(損得)が絡めばすんなりOKという人も多いのではないか」(川北)というコメントがありました。

佐藤さん

若林さん

堀江

川北

(注4)平和と公正をすべての人に (Peace, Justice and Strong Institutions)
「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する」

 

以上