<開催報告>SRセミナー2024第3回「企業の情報開示とステークホルダーエンゲージメントの現状と課題~市民社会との創造的対話を目指して」

2024年11月12日(火)、SRセミナー2024第3回をオンラインと会場にて開催し、約50名の皆さまにご参加いただきました。
2010年11月に発行されたISO26000の中で重要視されている「マルチステークホルダーエンゲージメント」。あらゆる組織がステークホルダーと対話することを重視していますが、ESG投資等の拡大を背景に、企業の情報開示は投資家目線となり、市民社会を含む多様なステークホルダーとのエンゲージメントが減少している傾向がみられます。企業の情報開示に関する調査報告、企業とNGOの取り組みから、多様なステークホルダーとのエンゲージメントを進めるプロセスにおいて大事なポイントについて考えました。

●話題提供
◇長谷川雅子氏(CSOネットワーク 事務局長、理事):企業の情報開示(サステナビリティレポート)調査報告
当調査では、①サステナビリティ情報開示(ウェブ)調査、②企業へのインタビュー調査、③市民社会へのインタビュー調査、を実施。
①サステナビリティ情報開示(ウェブ)調査
日経会社情報DIGITALの日用品・生活用品掲載企業104社を対象に、ウェブサイト掲載のサステナビリティ情報を調査。E(Environment・環境)、S(Social:社会)、G(Governance:ガバナンス)分野それぞれを項目分けした上で、どの分野・項目の開示が多いかをチェック。各分野バランスよく開示されている。ステークホルダーエンゲージメントについて開示しているのは全体の22%と少ない。開示方法は、報告書44%、HPのみ35%、開示なし20%。開示準拠基準は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、GRI、ISO26000、SASB(サステナビリティー会計基準委員会)の順で多く、何も準拠していない企業も半数。エンゲージメントの開示方法は一覧で記載している先進的なグループと、具体的な団体名や内容の記載のないグループ、全く記載のないグループに分かれる。
サステナビリティ情報開示の全くない企業が2割、サステナビリティサイトのない企業も一定数あり、まだまだ開示が進んでいない企業も多いことがわかった。開示をすることがリスクになるかもと開示を控えている企業もある。
②インタビュー調査
3社に対し、情報開示の考え方、市民社会とのエンゲージに関する考え方、などを伺った。
ステークホルダーからの情報開示要請に応えていくことで、マネジメントの強化とステークホルダーとの信頼関係の醸成につながるため、長期計画と年次報告をリンクさせるなど戦略的に情報開示を行っている。重視するステークホルダーは業種業態によって異なり、企業ごとに選んで対話を行っている。市民社会組織のことはよくわからない、接点が見つけられないという声もあり、市民社会組織が関わっている社会課題に関する情報の発信や市民社会組織自体の成長、批判だけでなく評価する姿勢を見せることも必要と感じた。
③市民社会へのインタビュー調査
企業活動が社会や環境にどんな影響を及ぼすか、どのような情報を開示してほしいかをステークホルダーから企業に伝えていくことが必要。気候変動のように課題への取り組み方法が共通化してくると、市民社会とのエンゲージメントは減ってくる傾向があるとの声も。市民社会が各組織からだけではなく、業界として情報を発信していく必要がある。

◇今津秀紀氏(学会「企業と社会フォーラム」理事/SDGs市民社会ネットワーク 事業連携コーディネーター/元 TOPPAN(株)SDGs事業推進室長):企業側からみる市民社会とのエンゲージメント
CSR元年と呼ばれた2003年から始まる2000年代は、市民社会との対話が最も活発だった時期である。この時期、企業は社会貢献活動の支援テーマを整理し、コーズマーケティングを実施する企業が増加するなど、市民社会との連携を深めた。
しかし、2013年以降、社会課題の解決を事業(ビジネス)で行うというCSVの考え方が広がるにつれ、市民社会との対話の機会は徐々に減少した。その後、SDGsへの取り組みをきっかけに対話は再び活発化したものの、ESG対応の強化により、対話の焦点は明らかに投資家へとシフトした。
加えて、サステナビリティ推進部署が経営企画部門に移管されたことや、サプライチェーン評価プロバイダーの登場、第三者意見から第三者保証への移行といった要因も、市民社会との対話の減少と投資家との対話の増加に影響を与えた。
一方で、マルチステークホルダー方針を作成する企業が増えている。この方針の主な目的は、従業員の賃金引き上げや公正な取引の推進であるが、これが新たな対話を生むきっかけになる可能性がある。また、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への取り組みは、地域に密着した活動を通じて市民社会との対話を促進するのではないかと考える。
ただし、サステナビリティ推進の専任者がいない中堅以下の企業では、取り組みや情報開示が不十分であり、サポートが必要とされる。この課題を受け、SDGsジャパンでは中堅企業を対象に、グローバルとローカルをつなぐ取り組みを計画中である。その目的は、世界の課題感とのズレを修正し、地域社会の活動をさらに推進するとともに、ローカルの優良事例を国際社会へ紹介することである。このために、セミナーや有識者ダイアログの実施を予定している。

◇岡田千尋氏(認定NPO法人アニマルライツセンター 代表理事/消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク(SSRC)):企業の情報開示とステークホルダーエンゲージメントの現状と課題
化粧品の動物実験、動物の毛皮製品、畜産動物・水産動物のアニマルウェルフェア向上に取り組む団体。
世論の形成には時間がかかり、講演会や勉強会は自社ごと化されない、一社ターゲットキャンペーンはリスクが大きいので、企業との直接交渉が有効。
企業は市民団体との交渉には慣れていないので、交渉にあたっては、専門知識=企業より知っている、対等である意識、ビジネス視点(長期的にWin Win)、自分の立場を変えない、妥協点を探って前に進める交渉力、目的をしっかり捉えてやり遂げる力、が必要である。
対話しない企業は、リスクに気づいていない、NGOの意見は不要だと思っている、受付やお客様相談室まで教育が行き届いていない、という傾向がみられる。対話の機会を作ることがとても大変だが、これまで400社との直接対話へつなげてきた。金融機関への啓発も大切である。2019年、ほぼゼロだったアニマルウェルフェアの企業ポリシーだが、徐々に増えてきた。強いプレッシャーを市民の力とネットワークで作り、監視をしていく。NGOとの対話を断るか、話だけ聞くか、活かすか。話し合いの価値を認めた企業は取り組みが早い。
アニマルウェルフェアに早急に取り組むことは、従業員のやりがいアップで業績に直結、若い人材の確保、早く取り組むことでESG投資・融資、市民・消費者の評価を得られる、という企業にとってチャンスになる。法律化されてから取り組むと、せっかくの取り組みも価値ではなく、コストになってしまう。

●パネルディスカッション:「ステークホルダーエンゲージメントの課題と展望」
モデレーター:古谷由紀子氏(CSOネットワーク代表理事)
パネラー:今津氏、岡田氏、川北(IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所]代表者・NNネット幹事団体)
◆企業はどのように市民社会との対話を認識しているか。どう感じているか
(今津氏)何か対話しよう、ではなく、よりテーマを具体的に設計して対話をしていく。
(川北)1996年発行のISO14001の認証を受けるために、対話の扉を開けた企業が増えた。つい先日、法務担当者向けの勉強会で、コンプライアンスの観点から経営の課題を上書きしていく必要があると伝えた。投資機関は、開示は評価するが、エンゲージメントは評価しない。結果、経営層も注目しない。サステナビリティに関するガバナンスが脆弱なままで、欧州の主要企業のように、サステナビリティに関するアドバイザリーボードを設けている企業もなく、社外取締役を含め、サステナビリティを理解している人が取締役会にいない。成功事例ができるまで、企業へのコミットメントを止めてはいけない。課題を指摘して改善を求めるだけでなく、その後のビジネスモデルを考えることも大切だ。
(岡田氏)企業は対話の重要性を認識してない。必要性を認識してもらわなければならない。
(今津氏)中堅企業などの対応に困っている企業こそこれから対話ができるのではないか。
(古谷氏)SDGs市民社会ネットワークは、1対1ではなく、ネットワーク組織でアプローチしているのは特徴ですね
(今津氏)はい。対話をしたい課題に合わせて、その課題に取り組んでいる最適な団体を選で対話をすることができる。
(岡田氏)NGO側の成長が非常に大事。手の届く提案をし続けなければならない、結果、NGO側にとっては妥協をしなければならないこともある。企業と対等に話ができる力を付けて行く必要がある。その土台を作るためにも、市民社会の成熟、個々の成長が必要。
(川北)マテリアリティ・マッピングからイシュー・マッピングへ。未来から逆算し、社内課題に翻訳して対話につなげる。マテリアリティに挙げられた事項も「一つ終わったら終わり」とならないよう、ロードマップを長めに示す必要がある。
(古谷氏)イシューマップをNGO側から出すこともできるのでは。
(川北)すると企業は「一般的なことはうちには関係ない」となる。企業が出してきたマテリアリティ・マップをイシュー・マップに変換する手伝いをすることで、質が高まる。

●質疑応答
・ILOでは、日本は対話の文化が進んでいると評価していた。対話が減少しているということだが、量ではなく、トップマネジメントと繋がっている点では評価できること。企業が何に関心を持っているかを踏まえたうえで、NGOは発信しなければ、反応されない。大企業の取り組みを中小企業に広げていく。商工会議所と一緒に取り組んでいくことはとても効果的だと思う。
→(古谷氏)量的な評価だけでない、という点ですね。
→(長谷川氏)外国人の背景を知らずに対話をする企業を見てきた。それぞれの事情を踏まえた上で、長期的に多くの関係者を巻き込んだ対話ができるといいのではないか。
→(古谷氏)広げる、関心事に合わせる。広げる、という点で中堅企業へのアプローチはどうでしょう
→(今津氏)サステナビリティに関する目標がまだ設定できていない中堅企業に対しては、まずは重点課題を特定して、そこから始めましょうというアプローチを考えている。
→(岡田氏)企業はやりやすいところからやっているように見える。そこに忖度せずに、NGOの役割を認識して強く出ていかなければならないと思う。

・対話もあるかと思うが、社内研修用にNPOから企業に対するリクエストの研修動画などがあれば、中小企業等でも活用できるのではないか。
→(川北)業界標準があれば、それに合わせていく方が、サプライチェーンに広がりやすい。業界標準がない業界には、作らせる働きかけが必要。何をすればよいのかを具体的に示すのが良いと思う。たとえば自動車で言えば、完成車メーカーより部品メーカーの方が重要であり、当方でも継続的に働きかけている。